最近のこと

親に頼まれて甥の誕生日にペネロペの絵本を買いに(1)三条にあるジュンク堂に向かった昼下がり。寺町通りを自転車でスイスイ泳がせていたら、『更科』と書かれた暖簾の、立派な店構えの蕎麦屋があった。時間は午後4時を過ぎており、完全に昼食時から程遠い頃合になってしまっていたのだが、あいにく朝から何も食べていなかったので、引き寄せられるように暖簾をくぐった。

 省みると、京都に引越して以来蕎麦屋らしい蕎麦屋で蕎麦を食べた記憶がない。それというのも、まず、近所に『富士そば』がなければ『ゆで太郎』もない。何より、京都に蕎麦というイメージがない。京都といえばうどん、という程うどんのイメージもないが、湯豆腐、湯葉みたいなものを高級感溢れさせて不当な値段で提供している(2)、という印象は強い。そうは言っても、僕は実際に豆腐屋で湯豆腐や湯葉を食べた試しがないので、幾ばくかの値段で商品を提供しているかなどというのは全く分からないし、そいったものを好んで食べる人も、豆腐、というより高級感、いわば「京都の湯豆腐」というブランドをお土産代わりに食しているのだから、双方利害が一致していていいのではないだろうか知らん。

 閑話休題蕎麦屋に入った瞬間、昨日の悪夢か、はたまたデジャヴというものか。店内に先客が一人もいない。4時だということで、昼の営業が終了する手前に来てしまったのか。ともかく嫌ーな予感がしてきた。何つっても昨日の今日なので、暖簾をくぐる前の期待が完全に反転した心地がした。が、一度入ってしまったものだからしようがない。一番オーソドックスなざるを頼んで蕎麦茶を啜って待った。

 ざるは、普通であった。至って普通。美味しいかと言われたら美味しいし、美味しくないかと言われたら、いや、普通だ、と答えるくらいの味だった。量もべらぼうに多いわけではなく、代表的な一人前が行儀良くざるの上を鎮座している。ただ、気になったのは値段である。『富士蕎麦』のざるが3度食べれて、そのうち一度はサイドメニューも注文できそうな値段だ。その値段の割りに、そこまで感動を覚えるような味ではなかった。これなら高円寺に住んでいた頃、近所に会った蕎麦屋のほうが味も良く、量も多かった(3)。

 そうか、分かった。蕎麦湯だ。蕎麦湯が途方もなく美味いのだ。蕎麦を完食してから気が付いた。蕎麦といえば蕎麦湯の比重が大きい。全体の3割は占める。と、言うことは、当店が蕎麦湯に全力を注いでいれば、蕎麦湯に300円位の価値はあるはずだ。300円の蕎麦湯って、スタバやタリーズのコーヒーと同じくらいの価格ではないか。というか、スタバやタリーズでそれくらいの値段で蕎麦湯を提供しているのなら、蕎麦湯飲むわ。そう思い立つや、大将に「蕎麦湯」と告げた。蕎麦湯は、いわゆる蕎麦屋でまま使用されている手の、急須みたいな注ぎ口の入れ物で運ばれてきた。

 結論から言って、蕎麦湯も普通だった。というか、蕎麦湯は大抵めんつゆに割って飲むから、その半分をめんつゆに負っているということになる。つまり、蕎麦湯を飲む前からその味は半分くらい決まっていたようなもので、僕は店を後にした。大将が三度ばかり「おおきにー」と頭を下げた。なんとも丁寧な接客で、この接客に割高の値段の対価にして腹の虫をおさめよう。と、蕎麦屋から20〜30m先、京都のカフェ本を買えば必ず載っている日本茶屋(4)が、休日ということも相まって、たいそうにぎわっていた。

【脚注】
(1)ペネロペとは、うっかり屋さんなコアラの女の子が主人公のフランスの絵本である。個人的には、日本で言うノンタンにあたるような絵本なのではないだろうか。奇しくも、原作者のアン・グッドマンとゲオルグ・ハレンスレーベンは夫婦であり、この点で言えばノンタンの原作者、キヨノサチコが夫婦で制作していたことと合致する。ちなみに、ノンタンは夫婦間でその利権を争って裁判になった(通称『ノンタン絵本裁判』)ので、グッドマン夫妻にはその二の舞になって欲しくないものである。また、グッドマンは『リサとガスパール』の原作者としても有名である。あと、本屋の絵本コーナーなんて進んで行くことが滅多にないものだから全く知らなかったのだが、思っているより色々と面白そうなのがあるんだね。エルジェの『タンタンの冒険旅行』なんて、目に入ったとき「絵本じゃないじゃん、マンガじゃん」って思って手にとってみたら、実際マンガだった。オリジナルの、フランス語版が欲しい。ペネロペのオリジナルも。

(2)かく言う僕は、豆腐大好きです。おそらく、こんな風に思ってしまったのは、そういうお店で食べてみたいけど、お金がなくて食べれない。だから、「いやいや、よく考えてみた単なる豆腐じゃないか。それをあんな高いお金かけて食べるなんて。」と、イソップ寓話の『きつねとぶどう』よろしく、防衛規制・合理化が無意識に働いてしまったのだろう。

(3)松月庵http://townnote.jp/biz/10064243/map
  いろいろググってみたけど、詳細はでなかった。ここ、結構おすすめで、近所に住んでいる人や、高円寺に寄った人に是非訪れて欲しいんだよなぁ。pal商店街を南下したところにある右手の蕎麦屋よりは間違いなくおいしかった。起き抜けに寝巻き姿で盛りを食べに行ったとき、近所の郵貯の社員がこぞって食べに来ていたのが印象的だなぁ。

(4)一保堂茶屋http://www.ippodo-tea.co.jp/
  寺町を通る度にここを訪れようと思っているんだけど、未だに行ったことないなぁ。そろそろお茶の葉が切れそうなので、ここいらあたりで購入したい。